2017/10/10

岐阜の芝居小屋 加子母明治座・白雲座の音響調査

ベルリン工科大学の研究者と一緒に、岐阜県の「かしも明治座」、「白雲座」の音響調査をしました。メンバーはベルリン工科大学のClemens Buttner氏とProf. Dr,Stefan Weinzierl、東京大学生産技術研究所の助教 森下有氏、YABのアントニオ・サンチェスと藪下 満の5名です。

9月25日(月)に横浜から車で出発し、夕方に加子母村に到着しました。その日は、「かしも明治座」で12面体無指向性スピーカによる音響測定を行い、翌日の午前中に「白雲座」で12面体無指向性スピーカおよび可聴化(Auralization)用のボックススピーカでインパルス応答の計測、さらに3Dレーザースキャンの空間測定も行い、午後はまた明治座に移動してボックススピーカによる音響測定を行いました。翌日9月27日に無事帰路につきました。

かしも明治座の測定(1)
かしも明治座の測定(2)
白雲座の測定(1)
白雲座の測定(2)


今回の測定の目的は、Clemens Buttner氏による日本の明治期以降のヨーロッパ音楽の導入期の演奏場所の音響特性の調査などです。2年ほど前には、ほぼ同じメンバーで金丸座、内子座、大隈講堂、川越鶴川座を音響調査しました。今回はその第二段となります。

以前からブログでもご紹介している通り、YABでは芝居小屋の音響調査を行っています。2011年には神奈川大学との共同研究のまとめとして、「芝居小屋の音響特性」の論文を技術報告集に報告しました。その後に、Clemens氏に会い、ベルリン工科大学との共同研究が始まりました。2014年には、ポーランドで開催されたFORUM ACOUSTICUM 2014 in KRAKOWにて、「Acoustical Characteristics of preserved wooden style Kabuki theatres in Japan」と題して、八千代座、村国座、嘉穂劇場、金丸座、鳳凰座の音響シミュレーション結果をClemens Buttner氏、Prof. Dr,Stefan Weinzierlと神奈川大学の安田先生と藪下で発表しています。
また今年の建築学会大会では、アントニオと森下先生、Clemens氏と私で、「川越市鶴川座の音響的復原 ―3Dレーザースキャンの応用-」と題して発表しています。芝居小屋の音響の研究が広がっていることを嬉しく思います。
私としては、芝居小屋の空間構成を現代の劇場設計に生かせないかということと、この音響特性から音声を伴う音楽にはどのような音響空間が好ましいかを今後探っていければと思っています。

今回、加子母村では、森下先生の知人の中島工務店社長の中島さんに大変お世話になりました。かしも産直売所(木造ラーメン構造)、ふれあいコミュニティ施設(木造、子供と老人施設、安藤忠雄設計)、ふれあいのやかたかしも(コミュニティ施設、在来軸組み工法の大型木造建築)、設計コンペでできた木造の加子母小学校、そして保存修理を行った明治座、またキャンプ村などを案内していただきました。また村の集落は、ほぼ同じようなスタイルの木造民家で、周辺の山々と調和していて大変好印象でした。中島工務店は木構造の最先端の技術があり、村の発展に貢献していると感じました。

加子母明治座前で、右からステファンさん、加藤館長さん、アントニオ、森下さん、私(藪下)とクレメンスさん

2017/09/21

渡辺翁記念会館のコンサート (山口県宇部市)

建築学会中国大会が8/31~9/3まで広島工大で開かれ、我々は9/2~9/3参加し9/3の午前中にアントニオが発表をしました。発表は無事に終了し、多くの方から質問もいただき手ごたえを感じました。

発表の後、私は新山口まで古くからの友人に会いに行きました。そして以前から気になっていた宇部にある渡辺翁記念会館(村野藤吾設計)に車で連れて行ってもらいコンサートを聴きました。
渡辺翁記念会館
ちょっと遅れて到着したために2F席になってしまいましたが、音は非常に大きく聞こえ、びっくりしました。たしかに噂に聞く素晴らしい音です。一番後ろのティンパニーの音もはっきりと方向感を持って大きく聞こえていました。

2階席から
主催および演奏は、宇部市民オーケストラ(指揮 高橋 敦)で、曲目は1.ムソルグスキー交響詩「禿山の一夜」、2.チャイコフスキーピアノコンチェルト第一番、アンコール「オルゴール」、3.チャイコフスキー交響曲第一番「冬の日の幻想」でした。われわれは2曲目のピアノ協奏曲から聞くことができました。ピアノ演奏者(尾形大介)も迫力がありました。

渡辺翁記念会館は今年で開館80周年になるそうで、80周年イベントがたくさん企画されていました。開館は1937年(昭和12年)です。昭和2年(1927)、初めての音響設計とされている早稲田大学大隈講堂が完成、昭和4年(1929)日比谷公会堂、昭和5年名古屋公会堂、そして昭和12年宇部市渡辺翁記念会館、同年、浅草国際劇場が出来ています。中之島中央公会堂は大正7年(1918)に開館で、なかではずいぶん先を走っている公会堂です。それでも渡辺翁記念会館は、公会堂建築のほぼ先端にいます。

村野藤吾は1891年生まれ、1984年に亡くなりました。工業高校を卒業後、八幡製鉄所で働いていますが、1913年に早稲田大学の電気工学科に入学し、その後建築に転入して、1918年に卒業しています。渡辺翁記念会館の完成は約46歳のとき。このホールの音響設計は大隈講堂の設計方法を参考にしたかどうか気になるところです。大隈講堂は、おそらく舞台の音が観客席に効率よく伝搬する様に設計されています。断面形状が放物線のようになっています。大隈講堂は以前に3Dレーザースキャンで空間測定とインパルス応答で音響測定も行っているので、今回建築学会で発表した川越鶴川座と同様の方法で近いうちに分析してみようと思っています。

渡辺翁記念会館も天井の形状を見ると、天井からの反射音が直接音を補強しているとみられ、そのために大きな音に聞こえるのだろうと思っています。

天井の形状
村野藤吾は宇部に縁があるらしく、旧宇部銀行本店も設計しています。現在はヒストリア宇部という市の建物になっていて、Caféがあり、空間の貸し出しもしています。オーケストラが練習できそうな大きさの講堂(約13m×16m×約10m(推測))の様な空間もあります。

ヒストリア宇部(旧宇部銀行本店 村野藤吾設計)

宇部市は当初、石炭産業で急速な発展を遂げています。その基礎を築いたのが、渡辺祐策翁で、石炭と石灰岩をつかってセメントも製造していました。いまは、石炭は掘りつくしてしまい、宇部興産として主に化学産業分野で活動しているようです。宇部の海岸側に広大な工場があります。
ただ町はどこにもある老齢化と人口減少で悩んでいるようです。新しい若い人を受け入れられる産業が必要と思います。

しかし一方で、この地は、ユニクロの柳井氏の出身地だそうで、大きな工場もあるとのこと。また元首相の菅直人氏もここの宇部高校(私の古くからの友人もここ出身)にいたようです。その後、東京都の小山台高校に転入し、東工大に入っています。私の高校・大学の1年先輩になります。

また、新しいエネルギーも感じる場所もあります。隣の小野田市に焼野海岸という浜があり、ここはきれいでした。人工物はほとんどなく、隈研吾設計のカフェが中央に存在しています。行ってみたら残念ながら満席で入れませんでしたが、ちょっと覗くと2階は四角のテーブルを囲んで5~6名の白髪の日本人、対するはヨーロッパ系と思われる5~6名の外国人です。何かプロジェクトをはじめようとしているかなという雰囲気。そうであれば面白いです。ここから眺める夕陽は最高です。反対側は九州が見えました。

Sol Poniente 隈研吾設計
 

2017/09/06

2017年度日本建築学会大会(中国)発表 9/3(日)
Speech at the Architectural Institute of Japan (AIJ 2017)

「川越市鶴川座の音響的復原 -その1 3Dレーザースキャンデータの音響シミュレーションへの応用-」と題して発表いたしました。

本報告は、東京大学生産技術研究所の助教 森下有 氏、ベルリン工科大学のクレメンス・ビュトナー氏、および弊社の共同研究になります。

発表者は、YABのアントニオ・サンチェスです。


東京近郊に残る唯一の木造芝居小屋である川越市の鶴川座の内部空間を、3Dレーザースキャナーによる測定(東京大学)および音響測定を行い、3DスキャンデータからCADデータに変換を行った上で空間の音響シミュレーションを行いました。またその結果を音響測定の実測値と比較をしています。

3Dスキャンデータは膨大な点群データであるため、CADデータに変換する前に、Cloud Compareというフリーソフトを用いて、測定点の間引きを行っており、この方法は今回初めて行った手法でしたが、有効であったと考えられます。

また鶴川座が芝居小屋であった当時の音響的な特性の復原にも、これら一連の方法が有効な手法であると確かめられました。

発表後には多くの方からご質問、ご意見をいただきました。質疑応答の内容につきましてブログに追記する予定です。

英語、スペイン語テキストの後に、発表のパワーポイントを転載いたします。
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This year, for the second time, I had again the opportunity to give a speech at the annual meeting of the Architectural Society of Japan (AIJ 2017). The meeting was held on 1st, 2nd and 3rd of September in the Hiroshima Institute of Technology.

As commented in a previous entry of YAB blog, our speech was about the application of 3D laser scan data to acoustic simulations for the restoration of the acoustic characteristics of Tsurukawa Playhouse. This work was made together with Mitsuru Yabushita (YAB Corporation), Yu Morishita (The University of Tokyo) and Clemens Büttner (Berlin Institute of Technology).

In response to their interest in our work, the members of AIJ, including notable teachers, asked a great number of questions after the presentation. The opinions and comments were related, among others, to the possible causes of the long reverberation time results, implementing of the gaps in the ceiling and scattering coefficients used in the materials during the simulation. They were also impressed by the method of transformation from point cloud to geometrical mesh using the free software CloudCompare. Furthermore, auralizations for both, real site and simulation, were made based on the impulse responses obtained.

The effectivity of this work for the restoring of the acoustic characteristics of Tsurukawa was confirmed by the members of the Wooden Playhouses Study Group in a meeting held few days before the AIJ presentation.

I am very grateful to Mitsuru Yabushita and Akiko Yabushita for their help and support.

Antonio
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Este año, una vez más, he tenido la gran oportunidad de presentar en japonés como ponente en la conferencia anual del Instituto Japonés de Arquitectura (AIJ 2017) celebrada los pasados días 1, 2 y 3 de Septiembre en el Instituto Tecnológico de Hiroshima.

Como ya comenté en previas entradas del blog de YAB, nuestra ponencia trató sobre la aplicación del escáner láser 3D a simulaciones acústicas para la restauración de las características acústicas del teatro de Tsurukawa. Un trabajo conjunto con Mitsuru Yabushita (YAB Corporation), Yu Morishita (Universidad de Tokyo) y Clemens Büttner (Instituto Tecnológico de Berlín).

En respuesta al interés de nuestro trabajo, miembros de la AIJ que incluían profesores de renombre, realizaron un gran número de preguntas después de la presentación. Las opiniones y comentarios estaban relacionadas entre otras, a las posibles causas de la obtención del largo tiempo de reverberación en las simulaciones. También se habló sobre la implementación de los huecos existentes en el techo y los coeficientes de dispersión de los materiales usados para la simulación. Además, quedaron impresionados por el método de conversión de nube 3D de puntos a la malla geométrica en AutoCAD con la utilización del programa gratuito CloudCompare. También se realizaron auralizaciones a partir de las respuestas impulsivas obtenidas en las mediciones in-situ y simulaciones.

Le agradezco mucho a Mitsuru Yabushita y Akiko Yabushita, por su ayuda y confianza en mí.

Antonio
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Auralizations:

Simulation:



Real measurements :


2017/08/28

1600年頃の歴史的転換点とガリレオ・ガリレイの登場

スティーヴン・ワインバーグ著「科学の発見」を読んだ。著者は1979年のノーベル物理学賞の受賞者であるが、年を経るにしたがって科学史に魅力を感じるようになったと本書の「はじめに」に書いている。

目次を拾うと、「第一部 古代ギリシャの物理学」、「第二部 古代ギリシャの天文学」、そして「第三部 中世」では、アラブ世界が古代ギリシャの知識を再発見し、黄金期を迎えたことなどが書かれる。

「第四部 科学革命」では、第11章に本書の最も重要な論点が書かれている。要約を転載する。

16世紀~17世紀の物理学と天文学の革命的変化は、現代の科学者から見ても歴史の転換点だ。コペルニクス、ティコ、ケプラー、ガリレオの計算と観測で太陽系は正しく記述され、ケプラーの三法則にまとめられた。

とある。
続けて、章のタイトルのみ記載すると、
「第12章 科学には実験が必要だ。」「第13章 最も過大評価された偉人達」
「第14章革命者ニュートン」

そして「第15章エピローグ:大いなる統一をめざして」で終わる。

本書のクライマックスはニュートンの記述であるが、ここでは「科学を発見した」ガリレオについて注目した。ガリレオが活躍したのが1600年前後だからである。

ガリレオは、1564年ピサで、音楽理論の研究者ヴィンチェンツォ・ガリレイの息子として生まれた。1600年代初め頃には、望遠鏡がすでにオランダで製造されていたというが、1609年にガリレオはすぐにその改良版を制作したという。

1609年8月23日、彼は自作の望遠鏡をヴェネティアの総督と名士たちに披露し、これを使えば、沖からやってくる船を肉眼で見えるようになるよりも2時間早く捉えられることを実演して見せた。海洋国家ヴェネティアにとって、このような器具の持つ価値は明らかだった。望遠鏡をヴェネティアに寄贈したガリレオは終身教授の身分を保障され、大学の俸給も3倍に引き上げられた。彼は11月にはすでに倍率を20倍までに高めることに成功し、望遠鏡を使って天体観測をはじめていた。

とある。この時ガリレオはおおよそ36歳であった。
ガリレオによる望遠鏡で、6つの歴史的な天文学上の発見がなされたことが紹介されている。1609年12月20日、月の凹凸を発見。無数の暗い星を発見。惑星は「小さな月の様に見える完全に円い球体」である、1610年には、木星の周りに4つの衛星を発見。同じく9月には金星も月と同じように満ち欠けすることを発見。1613年には太陽表面に黒点を発見、などである。

このように、若くしてガリレオは天文学の大きな発見を行い、財力や栄誉を得ている。このガリレオが活躍した1600年前後という時代は、世界の各地で、偉大な文化的な発展がみられた時代として興味深い。

1597年には、最初のオペラと言われている「ダフネ」がイタリアのフィレンツェで上演された。1598年、ロンドンにシェークスピアのグローブ座が出来た。1603年、日本では阿国が北野天満宮で歌舞伎踊を始めたとされている。1605年には、スペインのマドリードにてミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』が出版される。この世界的に文化的な転換があった時に、ガリレオもイタリアで活躍していた。

この本では、科学の始まりはギリシャで、そこからアラブを経てスペインにたどり着き、ヨーロッパ全体に展開していたとされるが、音律などの音楽理論については、ガリレオの父親が音楽理論研究者とする以外は、何の記述もない。音楽は音という面からみると科学的な要素で重なるところがある。
音律に関する本、「響きの考古学 音律の世界史」(藤枝守著)によると、ギリシャのピタゴラス音律(BC500)が、アラブのカザフスタンのアル・ファラビーの音楽大全(AD900頃)につながり、アラブのサフィー・アッ・ディーンAD1252)の「旋法の書」につながり、それらがスペインに伝わったとある。科学は、音楽と相当に似た経路をたどっていることがわかる。

1616年2月、ガリレオは異端審問所に呼び出され、「コペルニクス説を信ずること、または擁護することを禁ずる。」と命令を受けている。

コペルニクスの説は、地球は太陽の周りをまわっているというもの。その後、1632年ガリレオは「二大世界体系―プトレマイオス体系及びコペルニクス体系―に関する対話」(訳注:邦題「天文対話」)をフィレンツエ司教の許可の上出版した。

しかし、「1633年4月、ガリレオは裁判にかけられた。罪状は、1616年の異端審問所の命令書に違反したことだった。」とある。彼は「異端の濃厚な疑い」で終身刑を言い渡され、地動説の撤回を宣誓させられた。最終的には自分のアルチェトリの別荘で軟禁生活となり、しかしその間、1635年に「新科学対話」を完成させた。この中で落体等の運動の研究をはじめて実験をして理論化した。また実験結果を積極的に公表して、物理理論の正しさを判断できるようにしたこともガリレオの功績の様である。

1642年、ガリレオは軟禁中のアルチェトリで死去した。ガリレオの著作の様な、コペルニクス説を唱える著作がカトリック教会の禁書目録から外されたのは、それから200年近くものちの1835年ことだったが、コペルニクス的宇宙感はとうの昔にほとんどのカトリック教国とプロテスタント教国で受け入れられていた。

地球が太陽の周りをまわっていることは、地球が世界の中心である必要があった時代には体制側には受け入れられないことであったのだろう。

歴史を前に進めた偉大な人たち、ガリレオは1564生まれ、1642年に亡くなった。同年、ニュートンが生まれている。シェークスピアはガリレオと同じ1564年、ストラトフォード・アボン・エイボンに生まれ、1616年に死去している。

1600年前後は中世から近世への大きな転換点である。

2017/08/07

中国天津・重慶に出張

7/4から7/7まで天津・重慶に行ってきた。天津は羽田から西へ3時間余り、とても近い。到着して、午後から打ち合わせ。翌日、朝の打ち合わせ前にホテルの近くを散歩した。ホテルの前はレストランやカフェがならぶこじんまりした小路、その先は緑の多い広場になっていて、広場に面してギリシャ古典様式のコンサートホールがある。

コンサートホール
まだ朝の7時、早いのでドアは閉まっていたが、公演の案内ポスターが貼ってあった。クラシックコンサート(写真)から伝統音楽(写真)までやっているようだ。




ここ天津出身の高さんによれば、数十年前、ここは映画館だったようだ。この様なしっかりとした建物が映画館とは、多くの芝居小屋が映画館になった日本とは大きく違う。

7/5の午後、重慶に向う。天津からは相当遠い。重慶の印象は霧である。当初PM2.5かと勘違いをした。次の印象は緑が多いことである。温暖で雨が多いからのようだ。そして素晴らしいのは、高層ビルも含めて、屋上庭園がおそらく全ての建物に存在していることだ。
ビルの屋上はほぼ緑化されている
また古い町並みを残していい雰囲気の地区もある。


さらに重慶は大河の長江と嘉陵江(かりょうこう)の合流地点で、しかも盆地のために湿度が多い。この合流地点は30万ドルの夜景と自ら称している。香港には負けるけど、それに近いほどきれいだという意味だそうである。その夜景を見ながら、火鍋を食べるのがここの人たちの楽しみのようだ。




火鍋屋が立ち並ぶ
川沿いにたくさん火鍋屋さんが並んでいる。何でこんなに辛い食べ物を食べるかと言えば、湿度が多いために汗をかきにくいので、辛いのを食べて汗をかいて健康になろうということのようだ。この長江は上海まで何千キロの旅をするのだが、とても水の流れが強い。単なるゆったりとした大河ではなく、水がとうとうと流れる大河だった。重慶の飛行場で、チベット物産の店に鐘が売っていたので、鳴らしてみたら何と唸り音が生じた。

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2017/06/30

ACOUSTIC CONSEQUENCES OF SOUND ABSORBING CEILING REMOVAL IN JAPANESE GYMNASIUMS

Due to recently changes in Japanese seismic standards, the modification of existing ceiling structures in large spaces (e.g. gymnasiums) for the prevention of possible falls have become one of the primary targets.

In most of the cases, the removal of the sound absorbing suspended ceiling for the seismic retrofitting  affects directly to the acoustic characteristics of the space, creating the increase of the reverberation time and the appearing of the unpleasant flutter echo (e.g. specially when ball-bouncing a basketball ball in gymnasiums). 

In this study, spaces (30x35x15 m) with different ceiling shapes have been acoustically simulated to better understand the issues that YAB Corporation has to face when quality acoustic conditions become an added priority during their renovation. 

Impulse responses and ray tracing simulations show a significant flutter echo in the space with dome shape ceiling that can remind the existing flutter echo of the “whining dragon” of Toshogu shrine in Nikko.

Here, an interesting report about the whining dragon of Toshogu shrine "The Fluttering Echoes or Whining Dragon" by Sumio Yoshizawa. Published in the ICPE2006 (The International Conference of Engineering Physics 2006 in Tokyo).






Ray tracing simulation:

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1DOME1

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1DOME2

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2CURVED1

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3SLANTED1

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4FLAT1

Auralizations:


Dry source: Recitation of Kazuhisa Takahashi  無響室録音:朗読 高橋和久

Impulse Responses