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2010/02/17

JATETフォーラム 残響可変の変遷の発表

JATETフォーラム2009/2010にて、残響可変の変遷について発表を行いました。内容は下記になります。

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残響可変の変遷
藪下 満  有限会社YAB建築・音響設計


ここでは、残響可変の変遷について、舞台空間の可変、客席空間の可変、吸音可変、その他(残響室、電気的システムなど)に分類して述べる。参考文献は主に雑誌「音響技術」によっている。

1.音響反射板等による舞台空間可変

ここでは主に舞台空間にある可動音響反射板による残響可変について述べる。昭和56年発行の新建築学体系33 劇場の設計のP.265には、音響反射板は、「わが国に多く見られる多目的劇場、特に公共ホールの舞台に欠かすことのできない設備となっているものである。電気的拡声方法を用いないでクラシック音楽の演奏などの音声を客席方向へ集中指向させるための仮設壁面である。」。可動音響反射板は、いつ頃から、ホールに設備されたのかは、はっきりしないが、建築資料集成2(昭和35年)には、杉並公会堂の断面に可動の音響反射板が書かれている。この杉並公会堂は、昭和32年(1957)開館である。また日比谷公会堂は、昭和4年(1929)の開館であるが、主に公会堂として設計されているために、可動音響反射板は設置されていない。しかしフライズが小さく、舞台の壁も台形をしており、東京文化会館などが出来るまでは、東京のオーケストラコンサートの主会場であったようだ。その後、NHKホール(昭和46年(1973))では、オーケストラコンサートとオペラに対応するために、音響反射板を、残響時間の可変装置とし、満席時1.6秒から1.3秒に可変させた。その後、静岡市民文化会館、新宿文化センター(いずれも昭和53年(1978)開館)では、

舞台を完全吸音して、音響反射板を残響可変装置として、さらに意識して設計されるようになった。たとえば新宿文化センターでは、空席時で、設置時2.0秒幕設備時1.6秒と可変幅が0.4秒と大きくなった。それまでは、舞台空間がコンクリート素面のままということが多かったために、音響反射板の有無では、大きく残響時間が変化してはいない。その後、岩国市民会館(昭和54年(1979)などで、音響反射板有無で残響時間は、変化はするが、125Hzなど低音域では、残響時間が、設置時1.8秒が、幕設備時で、2.0秒と逆転する現象が多く見られるようになった。これはフライズの大空間が、吸音材が張られても、低音域の吸音に対しては十分でなく、残響時間を長くすることに影響し、また音響反射板は、低音域に対しては、吸音の役割をしてしまうためである。
また昭和54年開館の和歌山市民会館では、小ホールは、音響反射板の有無で、コンサート(空席時1.3秒)と邦楽用(1.1秒)と残響を調整している。
また主としてコンサートを目的としているが、オペラのために、重量物の天井の音響反射板をスライドさせて格納する方法が現れる。昭和58年の国立音楽大学講堂、昭和59年の洗足学園前田ホールである。 さらにオーチャードホール(平成元年1989)や滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール(平成10年1998)のように、コンサートとオペラを両立させるために、フライズの空間を確保し、十分な音響反射性能を得るために、大規模に走行させて音響反射板を格納する方法が採用された例がある。また側方反射音を重視するようになったことから、音響反射板の天井板の高さが高くなったことも特徴のひとつである。
またアクトシティ浜松(平成6年1994)のように、多目的ホールであるが、天井の音響反射板の高さを高く設定するために、プロセニアムの高さも可変できるように工夫する例も現れた。
残響可変の変わった例として、伝国の杜 置賜文化ホールのように、舞台に能舞台を設置した時には、舞台空間が変化することで、残響時間も、音響反射板設置時、空席時1.5秒、能舞台設置時1.4秒、幕設備時1.1秒と変化させている。

2.客席空間可変による残響可変

客席空間を間仕切ることによって、残響を可変する方法の変遷について述べる。その多くが、2階席を1階席と可動間仕切壁で区切り、大ホールと中ホールに規模を変化させる方法である。昭和48年の加古川市民会館、昭和50年の八戸市公会堂、昭和51年の高知県民文化ホール、昭和52年の敦賀市民文化センター、昭和57年の土岐市文化プラザが、いずれも石本設計事務所による一連の設計で、2階席先端を可動間仕切壁で仕切る方法によっている。この中で、加古川、八戸、敦賀は、間仕切りの有無で、残響時間はほとんど変化していないが、高知では、大ホールの反射板設置時1.6秒、中ホール時1.2秒、土岐市では、天井に残響可変装置も装備されて下り、大ホール音響反射板設置時1.75秒、中ホールでは1.49秒となっている。
平成元年の水戸芸術館コンサートホールATMでは、残響時間の可変ではないが、天井を上下させて、客席への初期反射音の時間遅れを調節する機構がある。
また特殊な例として、平成10年の東京芸術大学奏楽堂で、オーケストラから邦楽までの用途があるために、音響反射板設置時、天井を上下させて、天井高さ10mで、1.8秒、15mで2.6秒と変化させることが出来る。

3.吸音材による残響可変

残響可変の最初の例は分からないが、今回の調査では、旧杉並公会堂(昭和32年)は、可動の音響反射板のほかに、蝶番つきの残響可変装置があり、可変幅が0.2秒であった。初期で、大規模な例としては、立正佼成会の普門館(昭和45年)で、5000名収容の宗教施設であるが、吹奏楽の全国大会が行われていることも有名で、天井からシリンダー状残響可変装置が設置されている。
残響可変装置は、吊り下げ式、蝶番による回転式、カーテン式、シリンダーによる回転式、スライド式などの吸音率を物理的に可変する装置のほかに、残響室(エコールーム)により、残響を付加する方法と、電気的に残響を付加する方法がある。
代表的な例として、サンプラザホール(昭和48年)は、建築的にデッドな空間をつくり、エコールームや電気的な残響付加装置を設置したもの、昭和49年のヤマハつま恋エキジビションホールも同様、半屋外のデッドな空間に電気的な残響付加装置を設置している。
吊り下げ式残響可変装置の代表的な例として、高知県民文化会館大ホール(昭和51年)および松江市総合文化センタープラバホール(昭和61年)がある。回転式では、札幌市教育会館大ホール(昭和55年)、つくばセンタービルノバホール(昭和58年)、スライド式では、中新田バッハホール(昭和56年)、カーテン式では、やはり中新田バッハホール、青山音楽記念館(昭和62年)の京都フィルハーモニー室内管弦楽団のホームグラウンドのホールなどがある。
またリハーサル時と本番の残響特性の変化を調整するための吸音カーテンが、東京オペラシティコンサートホール(平成13年)およびミューザ川崎シンフォニーホール(平成16年)がある。また舞台でピアノ演奏用に舞台周辺のライブネスを吸音材によって変化させているホールとして、カザルスホール(昭和62年)、岐阜メルサホール(平成3年)、ミューザ川崎シンフォニーホールが上げられる。
平成18年の新杉並公会堂は、側壁上部のグラスウールの幕および舞台上部の天井が90度回転し、幕類が下ろせる状態となり、残響時間もコンサート形式時、満席時1.9秒、講演時1.1秒と大幅に可変できるようになっている。

残響可変年表はこちらからダウンロードできます(PDF)。


  
  
  

2010/02/16

JATETフォーラム2009/2010にて発表を行いました

2月2(火)~2月3日(水)に、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)にてJATETフォーラムが開催され(JATET:(社)劇場演出空間技術協会)、 木造芝居小屋の音響特性について、および残響可変の変遷について、YABも発表を行いました。芝居小屋の音響特性についての主な内容は下記になります。

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木造芝居小屋の音響特性
The Acoustic Characteristics of the Wooden Playhouses
藪下 満
JATET建築部会・木造劇場研究会
有限会社YAB建築・音響設計

□はじめに
JATET建築部会木造劇場研究会(代表、建築家 山﨑泰孝)の中では以前より、「木造劇場は音が良い」という意見が多く聞かれていた。古い木造劇場の音がいいというのは、一般的に考えると不思議な印象がある。そこで全国各地にある木造芝居小屋の音響調査を行って、その理由を探ってみようと、神奈川大学建築学科寺尾研究室、および全国芝居小屋会議のご協力を得て共同で研究を始めた。
初年度の2007年度は、芝居小屋が今も多く残る岐阜県の常盤座、明治座、白雲座、鳳凰座の4座の調査を行った。2008年度は、香川の旧金毘羅大芝居金丸座、愛媛の内子座、福岡の嘉穂劇場、熊本の八千代座、兵庫の永楽館、2009年度は、秋田の康楽館、群馬のながめ余興場、岐阜の村国座、相生座、愛知の呉服座(くれはざ)、福島の旧広瀬座の調査を行った。また芝居小屋との比較のため、磯子区民センター杉田劇場(多目的ホール、音響反射板設置)、久良岐能舞台、横浜ふね劇場、神奈川大学講堂(セレストホール)、鹿角市交流プラザ、東京歌舞伎座、古民家の書院などの調査を並行して行った。歌舞伎座は、残響時間から見た場合に芝居小屋と同じ系列にあるのではないかと考え調査対象とした。

□木造芝居小屋について
本研究において、木造芝居小屋とは、舞台・客席ともに屋根で覆われている江戸歌舞伎様式の木造の小屋のことと定義した。当初は主に歌舞伎や人形浄瑠璃などの芝居が行われてきたが、明治以降は芝居興行の間に、長唄、地歌・筝曲、義太夫節、豊後系浄瑠璃、謡曲、小唄なども演奏されていた。明治に入り急速に増加し、全盛期には全国に2000以上もあったとされる。しかし戦後に急激に減少し、現在では全国芝居小屋会議に参加されている芝居小屋の17箇所ほどとなってしまっている。しかし近年、木造芝居小屋は、劇空間のすばらしさや、街づくりの大きな要素として見直され始めている。以下調査した芝居小屋を建設年代順に並べて表1に示した。 

表1.調査をした芝居小屋の建設年



□調査目的
きっかけは木造劇場の音響的な特性への関心であったが、日本の伝統芸能を育んだ芝居小屋の調査によって、邦楽にとって好ましい音響空間の検討を行うことを研究目的とした。また、数少なくなった芝居小屋の音響的な特性を、インパルス応答というデータで保存できることも貴重である。邦楽の定義は、邦楽器を用い、歌や語りを多く含む音楽全般である。

□調査内容・方法
調査内容は、残響時間周波数特性、音圧分布、音声明瞭度指数(RASTI)、エコータイムパターン、および音響インパルス応答である。さらにこの応答に対して、無響室で録音した朗読や音楽を畳み込むことで、その舞台での様々な演奏音をシミュレーションによって作成し、音楽舞台関係者に、その音質評価や劇場ごとに好ましいと思われる演奏音などの聴感アンケートを行った。

□音響測定結果
残響時間周波数特性を図1に示した。一番残響が長いのは、音響反射板設置状態の杉田劇場で、次に旧広瀬座、歌舞伎座、村国座、また嘉穂劇場の順となっている。




図1.残響時間測定結果

旧広瀬座は、床は板張りの上にゴザ、壁は板か土壁、天井は野地板張りと反射性だが、低音域は短くなっている。村国座は床が板張り、壁はほぼ土壁の上に漆喰、天井は野地板の上に瓦となっていて、歌舞伎座と同様、残響時間はより低音域で長くなる傾向がある。また金丸座も空間が小さいため残響時間は比較的短いが、土壁が多いため、同じく低音域ほど残響が長くなっている。それらを除き、多くの芝居小屋は残響時間が0.8秒前後と、いずれも低音域まで平坦な特性となっている。

平均吸音率の分析結果を図2に示した。残響時間の長い杉田劇場は0.2程度、そのほか内子座、ながめ余興場、村国座、久良岐能舞台なども0.2程度になっている。これに対して、平均吸音率が0.3程度となっているのは、歌舞伎座、金丸座、八千代座、鳳凰座、康楽館などである。歌舞伎座には側壁に菱形文様のある吸音材が張られているため、平均吸音率が大きくなっているものと思われる。音声明瞭度指数(RASTI)の分析結果では、杉田劇場は0.5程度、芝居小屋は0.6~0.7となっており、杉田劇場はFAIR(普通)、それに対して芝居小屋はGOOD(良好)と評価され、芝居小屋は音声明瞭性が高いことが分かる。

図2.平均吸音率分析結果

最適残響時間グラフを図3に示した。芝居小屋や歌舞伎座の残響時間(空席)は、室容積と最適残響時間のグラフにプロットすると、KnudsenとHarrisが推奨する講堂に適した曲線周辺に位置していることが分かる。東京歌舞伎座も同様に、講堂に適した曲線周辺にあり、ほぼ芝居小屋と同一の残響時間特性となっており、空間の大きさは異なるが、音響特性上は芝居小屋の音響空間と大きな違いが無いことがわかる。
図3.最適残響時間と残響時間測定結果

□音響シミュレーションによる聴感アンケート結果
邦楽は、日本の伝統的な空間である芝居小屋のような音響空間が適するという仮説のもと音響シミュレーションによる聴感アンケート行った。昨年の調査では、常磐津+三味線に関してはクラシック用のホールより、圧倒的に芝居小屋のほうが好ましいとの回答が得られたが、篠笛のゆったりとした曲「青葉の笛」については逆転する結果となっていた。そこで今年は、篠笛でも祭囃子のような歯切れの良い音楽も加え、ヴァイオリンは、ハーモニーを重要視する曲と不協和音のある曲で比較をした。また芝居小屋とクラシック用ホールの中間のような歌舞伎座のシミュレーションも評価対象に加えた。回答者は、吹奏楽や管弦楽団の学生、JATETのメンバーなど、劇場や音楽に関係している125名である。その結果を図4に示した。


図4.アンケート結果

常磐津三味線に好ましい空間は、歌舞伎座87%、康楽館11%、杉田劇場が2%となった。芝居小屋よりも、残響の少なさでは同じ程度の歌舞伎座が圧倒的な割合で評価された。これに対してヴァイオリンの曲、バッハの「G線上のアリア」では、歌舞伎座が15%、杉田劇場が68%。さらにヴァイオリンの曲でモーツアルトの「不協和音」では、歌舞伎座が34%、杉田劇場が45%となり、ハーモニーのあるG線上のアリアは、残響のある杉田劇場が、また不協和音で構成された曲では、歌舞伎座が好ましいと割合が大きく変わった。ハーモニーと残響感には相関関係がありそうである。篠笛は、「青葉の笛」では31%が康楽館、46%が歌舞伎座、杉田劇場は15%となっており、昨年のアンケートでは、この曲を好ましいと感じる人は、芝居小屋より杉田劇場が多かったが、今回は歌舞伎座を対象に加えたことで杉田劇場の割合が大きく減少した。祭囃子のような篠笛の曲「常磐の庭」では、康楽館が35%、歌舞伎座が47%、杉田劇場が12%と変化し、歯切れの良い曲は、予想通り、あまり残響感が無いほうが好まれる結果となった。篠笛に対してフルートは、歌舞伎座38%、杉田劇場43%と好ましいと感じる劇場が二つに分かれた。朗読は、康楽館43%、歌舞伎座55%と圧倒的に残響が少ない劇場が好まれる結果となった。
歌舞伎座が好ましいという評価が多いが、これは、舞台間口も天井も高いために、直接音を補強する役割の初期反射音が非常に少ないが、50msec以上遅れてくる拡散音があるために適度に残響感を感じながらも、音の明瞭性があるため好ましく感じるのではないかと思われる。


□まとめ
邦楽に好ましい音響空間は、響きの少ない空間が好ましいということはアンケートの結果から大きくは結論つけられる。しかし芝居小屋の音響空間がもっとも好ましいということでもない。さらに好ましい空間を分析するために、残響時間が、芝居小屋と大きな違いのない、側方反射音に特徴のある鹿角市交流ホールや初期反射音が少ないがアンケートで評価の高かった歌舞伎座の特性を参考に、初期反射音や拡散音構造の効果についてさらに研究が必要と考えている。芝居小屋は、聴衆にとっては好ましい音で聞こえるが、演奏者にとっては、音の返りや客席の空間に響きを感じられないために演奏しにくいことも予想され、また歌舞伎座では、一般の劇場や芝居小屋と同じ音量で、舞台で発した場合には、初期反射音が少ないために、観客席では声が小さく聞こえることになる。芝居小屋でも歌舞伎座でも演奏者にとっては、特段の技術が必要と思われる。

□謝辞
本調査を実施するにあたり、芝居小屋の関係者の皆様、久良岐能舞台、磯子区民文化センター(杉田劇場)、鹿角市交流プラザ、歌舞伎座、横浜ふね劇場、無響室録音にご協力していただいた音楽家の皆様、アンケートにご協力いただいた皆様、また神奈川大学管弦楽団・吹奏楽部・ビッグバンド部・建築学科の学生に心より感謝の意を表します。また本研究に対し、2008年度、2009年度には、ポーラ伝統文化振興財団より助成をしていただき、深く感謝いたします。

発表スライドはこちらからダウンロードしていただけます(約4MB)。